プロローグ
平日午後のファミレスは、女性客でにぎわっていた。
男女平等とか言いながら、世の女どもはこんな時間から何千円もするランチを食べ、お茶とケーキで盛り上がっている。
小さな子供を連れていれば、なんでも“子育ての一環”として許されると思っている、バカな女たち。
俺は、ドリンクバーの周りをウロチョロしている小粒のような女の子を踏んづけそうになり、近くにいた女店員に言った。
「ちょっと、危ないよ。少しは注意してよ」
「えっ、あ、はい」
言われた女店員は、ドリンクバーの氷を補充し終えると、仕方なく、という感じで母親たちのいるテーブルに向って歩き出した。
「これだから女は……」
「女がどうしたんですって?」
かつての同僚、深谷美雪が、軽やかに俺の肩を叩いた。
「コーヒーなんか、あとでいいじゃない。ほら、もうビールが来たわよ」
そう言って、彼女は俺を店の一番奥まったところにある4人掛けのテーブル席へいざなった。
「今日はわたしのオゴリだから、好きなもの頼んでいいわよ。こんなお店じゃ、ご不満でしょうけど」
「しばらく連絡してこないと思ったら、急に相談したいことがあるって、どうしたんだよ。さては、まだ俺に気があるのか」
「さあ、それはどうかしら。あ、ビールお代わりするでしょ?」
「しょうがねえなあ。この俺をファミレスなんかに呼び出しやがって」
深谷美雪が手で合図すると、さっきの女子従業員が、軽やかに二杯目のジョッキを運んできた。
それが最初から仕組まれた罠であることも知らず、俺は、ジョッキの半分を一息で飲んだ。
女子従業員が、深谷美雪と目くばせしたことなど気にもとめず、俺は上機嫌で、制服姿の彼女に話しかけた。
名札に「西原エリカ♥」と書いてあった。
制服のブラウスがはちきれそうな胸をしていた。
「胸、大きいね」と俺は言った。「そんなに胸あると、肩こりが大変でしょ?」
「え……はい。いいえ、大丈夫ですよ」
西原エリカが、業務用の笑顔で言った。
「今度、知り合いの整体師紹介するからさ。メアド教えてよ」
「………………」
「“巨乳ちゃん”て呼んでもいい?」
「……お客さま、冗談はおやめ下さい」
「冗談じゃなくって、Fカップくらいあるでしょ?」
「やめなさいよ、セクハラでしょ」
深谷美雪が言った。
「いいから、メアド、交換してよ。あ、ラインの方がいいかな?巨乳ちゃん、もしかして女子大生?」
俺が調子に乗ってさらに言うと、
“巨乳ちゃん”は苦笑して見せながら、
「いま、ちょっと仕事中なんで……失礼します」
と言って、厨房に消えてしまった。
「相変わらずね」
深谷美雪が、なかばあきれ、なかば怒ったような口調で言った。
「俺は、肉食男子なんでね。いい女を見ると、どうしても口説かずにはいられなくなるのさ。それが男の本能なんだから仕方ない」
「それで、傷つく女の子だっているのよ」
「あんな風に、おっぱいを見せつけるのが悪いんだよ」
そう言って、俺は二杯目のビールをうまそうに飲んで見せた。
「あら、センセイ。お久しぶり。昼間からファミレスでビールとはいいご身分ですわね」
深谷美雪の隣に、見覚えのある若い女が優雅に腰を下ろした。
たしか、夏樹沙耶というPTAでは有名な女で、過去、俺に詰問状を送りつけてきたことがある。
「どんなに先生にお会いしたかったことか。やっとお会いできて光栄ですわ。当然、ご一緒していただけますわよね?」
夏樹沙耶が、立ち上がり、俺の腕をつかんだ。
と同時に、真後ろの席でランチをしていた女性三人のグループも立ち上がる。
「これでもう逃げられないわよ」
女性グループの一人が言った。
逃げるどころか、俺は頭がもうろうとして、まっすぐ立つことさえ難しい。
たった二杯のビールで、足に来るような俺ではなかった。
このファミレスでバイトした経験のある誰かが、後輩の女子従業員を手なずけて、ビールに何か入れたとしか思えない。
その証拠に、さっきまで俺のセクハラトークに笑顔で耐えていた西原エリカが、一転して厳しい表情で女の側に立ち、 俺を糾弾する視線を投げていた。
「それじゃ、行きましょうか」
夏樹沙耶と深谷美雪の二人が、俺に肩を貸して歩きだした。
西原エリカが、出口まで先導する。
別のウェイトレスが、席に残された俺の財布とケータイを取って、夏樹沙耶に手渡した。
「ありがとう。店長さんによろしくね」
そう言って、夏樹沙耶は俺の財布から一万円札を取り出し、ウェイトレスに与えた。
「お前たち、全員グルだったな」
「今ごろ気づいても遅いわよ」
ファミレスの駐車場には、ベンツとBMWがエンジンのかかった状態で待機していた。
二台ともドライバーは女性。
顔バレ防止のためか、色の濃いサングラスをかけていた。
「お、おれをどこへ連れて行く気だ?」
「さあね。来れば分かるでしょ。……警察に突き出したりはしないから、安心していいわよ」
夏樹沙耶が、ちょっと残酷な目をして笑った。
「警察に突き出される方が、よっぽどマシかもね」
三人連れのうちの一人が言った。うりざね顔の美人で、見たことのある女だった。
たぶん、俺が以前担当した女子生徒の母親かもしれない。
「ほら早く乗って。他のお客さんが、みんなこっち見てるわよ」
「いやだ!行きたくない。話し合おう。ちょっと待ってくれ」
「あなたと話すことは、もはや何もありません」
深谷美雪が言った。やはり、最初から計略だったのだ。
俺は、開け放たれた白いベンツのドアにしがみついて、イヤイヤをした。
だが、薬物入りビールを飲まされた上、クルマから降りてきた女も入れて、相手は8人である。
あっけなく、俺はベンツの後部座席に押し込まれてしまった。当然、左右にはぴったりと女が寄りそう。
「だれか、助けてくれ!!拉致されてしまう」
俺は、ベンツの窓から、外に向かって叫んだ。
「大きな声、出すんじゃないのよ。まわりのお客様の迷惑になるでしょ」
ベンツの助手席から、“巨乳ちゃん”の西原エリカが身を乗り出して言った。
彼女も来る気なのだ。女たちの連携プレイの良さに、俺は震えあがる思いだった。
「さ、出発!」
夏樹沙耶が言った。
女たちが分乗する二台の車は、ファミレスの駐車場から道路にすべり出した。


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